今回の旅の最初の訪問地は高野山の奥の院でした。高野山の奥の院と言えば、訪れてまず驚くのは、天下人や大企業の創始者や企業のメンバーのためのお墓や拝所が林立している光景ではないかと思います。一見すると、それはまるで、高野山とは、権力者や大金持ちの個人や組織のための霊場といわんばかりのものに見えます。
ではそれは一般庶民の人たちにとってどのような意味を有しているものなのでしょうか。自分たちも、いつかはそうした身分にのしあがりたいという憧れを抱かせるというところに意味があるというのでしょうか。
今回の旅で、実際に高野山奥の院の墓所空間を歩いたことで気づいたことは、結論から言えば、ラグビー競技で言われている「ノーサイドの精神」が溢れているところ=高野山なのではないかということでした。その象徴となるのが、本能寺の変における織田信長さんの墓と、謀反をおこした明智光秀さんの墓が同じ霊場の空間に築かれているという光景ではないかと思います。
ノーサイドの精神と言えば、ラグビーゲーム終了後は、敵も味方も、そして勝者も敗者も区別なく、ともにゲームを戦ったもの同士、お互いの健闘を称え合い、交流をエンジョイする精神と言われています。まさしく、人間社会も、社会思想家のホップスさんによれば、万人の万人に対する戦いというゲームの世界です。すなわち、この世の、しかも世界中の人たちは、みな、その人生ゲームの出場者たちなのです。死とは、それら人生ゲームの、個々の出場者の、そうした人生ゲームを終えることなのではないかと思います。
しかも、高野山の奥の院を歩いている中で、高野山が庶民的性格を示している光景にも出会いました。それは、かつて庶民生活の中に仏教を広めようとした法然さんや親鸞さんのお墓があったことです。さらに、高野山奥の院参拝のガイドさんによれば、高野山で発掘された無縁仏のお墓がピラミッド型に積まれた小さな小山もあったのです。実際に高野山にいったことで、そうした無縁仏の塚が存在していることを初めてしりました。それで、実際、高野山を訪れてみてよかったなという実感をもてました。
闇バイトの横行などに象徴される現在の世相を見ていると、現在の世の中は、相当程度世情が乱れている、無秩序になりつつあるという実感がわいてきます。拝金主義、暴力による他者支配、そしてそうした手段を択ばない人生ゲームにおける勝者だけが報われるという世界になりつつあるように感じます。そうした世情の中で、高野山の風景は、死後の世界とはいえ、すべての人が死後仏となって自然に還り、あらゆる区別と差別から自由になり、深閑とした森の中で等しくノーサイドの精神にあふれる暮らしをしている生活世界としての光を世界中に放っている風景のように思えます。
奥の院参拝の際のガイドさんも、高野山は、宗教・宗派の違いを問わず、すべての人の願いと祈りを受け入れ、等しくご利益をさずけてくれるところであると紹介していました。生きている間には、さまざまな事情で、高野山を参拝したくてもできないまま死をむかえる人たちも数多く存在していることでしょう。また、高野山の存在自体知らないか、知っていたとしても信じていない人たちも多く存在していることでしょう。しかし、そうした人たちも含めて、すべての人は、その死後には、その霊魂が仏となり、高野山にワープしてくるのではないかと感じられたのです。それは、高野山では、弘法大師空海さんが、その死後も日々絶えることなくこの世のすべての人たちの生活の安寧と平和を願って祈りをささげているところであり、人は皆その死後にはその死を経験することで、空海さんの祈りに唱和する純粋仏心者へと変身していく存在ではないかと感じるからです。それが死とは自然に還るということの意味なのではないか、そのことをはじめて高野山の地にきて気づきました。
地域文化の旅人(つ・ゆ)