大阪・関西万国博覧会が発信しているメッセージを受け止める旅(6)
パソナ館の展示は、古代の化石の展示から近未来の人間生活まで、生命史の視点で展開していました。そして、パソナ館が発信しようとしているメッセージとはどのようなものが分かったのは、出口直前での約10立体映像ショーでした。それは、AIに依存する生活は夢のような便利で、快適で、豊かな生活を提供するだけでなく、人類の滅亡をももたらしかねない危機を孕んでいるという物語だったのです。それはAIが人類滅亡をもたらしかねない誤作動を起こすという危機です。パソナ館の立体映像ショーでは、AIにどっぷりつかってしまった未来の人類社会で、AIが故障し、人類全体を太陽に向かって誘引するという事態を引き起こしてしまうのです。
この人類の危機を救ったのが鉄腕アトムです。アトムは、自分の命を懸けて、誤作動を起こしたAIに体当たりし、見事人類の危機を救うのです。その結果、地球上の人々の意識変化が生まれ、争いごとさけ、人類全体で協力・協働しようとすることから生まれる共同意思によって、命を育む自然環境や人間生活を管理運営して行くという社会意識が芽生え発展して行くだろうというエンドで物語が締めくくられます。人類全体による協力・協働世界の実現、これがパソナ館の発信しようとしていたメッセージだったのですね。そうしたパソナ館が生命史の物語によって発信しようとしていたメッセージは、現在人類が直面している危機をどのように乗り越えて行けばよいかという視点で見た時、卓越したものではないかと感じるのです。
今回の最終日、帰途に就かなければならない日は、大阪モノレールで前回の大阪万博の会場であった万博記念公園を訪れました。前回の万博の象徴であった太陽の塔に遭うためと国立民族学博物館を訪れるためでした。後者の訪問は、今回の大阪・関西万博の旅で、多くの地域および国のパビリオンに入館したことで、あらためて各地域や国々の生活文化に魅了されたからです。ただ万博のパビリオンでは、各地域および国々のパビリオンでは、生活文化史の展示では、それぞれの地域や国々の民間信仰がそれぞれの地域や国々生活文化にどのような影響を与えていたのか、よく分からなかったからです。国立民族学博物館へ行けば少しでも補えると思ったのです。それにしても太陽の塔を見ると、前回の万博のエネルギー溢れる活気を感じるとともに、国際的な万博が、大阪だけで開催され続けているのかという疑問が頭に浮かんでくるのです。きっと大阪の地域性としてエネルギッシュなお祭りが好きなんだと思ったりしています。

ただ残念なことでしたが、帰途の飛行機の時間の関係で、国立民族学博物館訪問時間が短くなり、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、各アジア、そして日本各民族ごとの民俗文化を展示しているコーナーを急いで回るだけに終わってしまったことです。ただ、それだけでも、この国立民族学博物館では、民間信仰を含め、さまざまな視点から民俗文化を学べるということが分かりました。あらためて、ぜひまた訪問したいと思いました。今回の万博の旅も、ほんの短いものでしたが、十分に楽しめました。

また、今までの旅日記のスタイルは今回で中止しようと思います。それは、この日記の旅による学びこそこれからの教育の形は旅を通した学びとなるのではと考えたことによります。これからの教育は教師から指示を受けて学ぶのではなく、学習者こそが主人公になって、何のために何を学ぶのか、そのためにどこに行って、どんな自然、地域文化、そして誰に出会って学ぶのかが大事になるのではないかと思うのです。また旅による学びでは、旅先での相互交流・相互学習が重要な学びの形となるのではないかと思います。学ぶ内容もかなり広いものとなるのではないでしょうか。観光旅行によって日常生活を離れ、楽しむ、新しいものに出会って好奇心を満たす、ゆったりすることで日ごろの疲れを癒すということもこれからは重要な学びとなります。信仰のためパワースポット巡りの旅をするなども重要な学びの旅となるのではないでしょう。各地の博物館、水族館、図書館、そして美術館などを訪れる旅も豊かな学びを楽しむことができるのではないでしょうか。これから自分がどのように生きたらよいのか、また旅先の地に魅了される、アイデンティティを持つようになることで、その地が自分にとって一番居心地のよい自分の居場所であることに気づき移住するということも旅による学びの醍醐味なのではないかと感じます。これらの考えは、沖縄県西表島と福島県昭和村で、地域の方々や移住者の方々に出会うことで学んだものです。両地域の出会った方々に心から感謝致します。
そうした旅による学びの種子からすると、これまでの旅日記のスタイルは、非常に視野の狭いものだったように感じるのです。これからは、再開までに少し時間がかかりますが、新しいスタイルの旅による学び日記に挑戦して行こうと思います。
地域文化の旅人(ひ・つ)
大阪・関西万国博覧会が発信しているメッセージを受け止める旅(5)
大阪の街歩きと「大阪暮らしの今昔館」見学の後、一度宿泊先のホテルに戻り、しばしの休息を取りました。それから午后4からの万博会場に入館しました。この日最初に訪れたのは、HITACHI館でした。この館は、「未来社会ショーケース事業『フューチャーライフ万博・未来都市』のプラチナパートナーとして『Society 5.0と未来都市』をテーマにKDDと共同展示を行」っていたのです。HITACHI館で興味深かかったのは、家ごとではなく、多様な部屋ごとの未来の生活の様子が数多く展示されていたことです。「大阪暮らしの今昔館」見学の流れで、とても楽しい展示でした。そこでは、豊かで、便利な生活の様子を見ることができました。そこでのメッセージは、「幸せな都市へ」や「私たちは幸せになるために生きている」というものでした。HITACHIはその科学技術の力で人々に幸せな生活を提供するというメッセージを発信しているのだなと受け止めました。
HITACHI館を出た後も、行列の少ないパビリオン巡りをしました。次は、アルジェリア館でした。まず「アルジェリアは国ではなく、大陸です」という表示に目が止まりました。また、アルジェリアのテーマは、光であるとの発信されていました。そのための、メッセージの幾つかを紹介してみると、「アルジェリアの光を発見しましょう」、「アルジェリアの中心部、山々が空に触れる場所に、発達と伝統の光が、永遠に輝いています」、そして、その光が「古代の世界を照らし、未来の可能性を切り拓きます」等です。さらに、「これが、アルジェリアが持続可能かつ独自の法で命を守る姿です」という説明が添えられたカサル・タフィレルトの街の写真も展示されていました。アルジェリアも伝統と遺産を生かし、未来の大陸づくりをしようとしているのだなと受け止めました。

アルジェリア館を出て、入りやすいパビリオンを巡り、カンボジア間、チリ館を訪れ、その後どうしてもウクライナのブースに行きたいために、コモンズCに入館しました。モンテネグロ、イスラエル、そしてパナマの各ブースを次々に訪れていきました。パナマの海洋生活に関する映像展示が、色鮮やかで美しき、印象に強く残りました。その後、ウクライナのブースに行ったのですが、多くの人が押し寄せていたので、時間の関係で、外から眺めるだけに終わってしまいました。とても残念でした。その後、ざっと、各ブースが発信しているメッセージ探索を行いました。「私はガボン、私は未来からきた者」、「自然が、未来ををかたちづくる場所」、「コネクテビィティによる進化」(モーリタニア)、そしてラトビアのブースで興味深いメッセージを受け取りました。それは、「ラトビアの解決策」との表題がついたメッセージで、「芸術が行動のきっかけになる様子をご覧下さい」というものでした。そう言えば、他の多くのパビリオンやブースでも、芸術やそこから生まれる想像・創造性を未来の地域づくりや国づくりの力にしようとするメッセージも多かったなと思い出しました。
今回の万博の旅で最後に訪れたのがシンガポール館でした。ここで受け取ったメッセージは「あなたの夢を描きましょう」でした。そして、その前に訪れたパビリオンがPASONANATUREVERSE館でした。ここで発信していたメッセージは、現在の地球規模の課題解決という視点で見た時、秀逸のものなのだと感じたのです。パソナ館のテーマは、「いのちありがとう」です。また、そのテーマ関し、「私(わたし)たちの社会(しゃかい)は自然界(しぜんかい)の一部(いちぶ)であり、人間(にんげん)も自然(しぜん)によって生(い)かされている存在である」と説明されていました。このテーマに沿って、地球上の生命の進化・発展が基軸となる視点と物語性を持って展示されていたのです。この生命史を見る視点は、「生命進化の樹(せいめいしんかのき)」と名づけられていました。最初に再生細胞による動く人工心臓の展示があったのには、非常に驚かされました。科学技術の進歩は人の命さえ可能にするということを示そうとしているようにも感じたのです。しかし、パソナ館が発信しようとしているメッセージはそうではなかったということが徐々に分かってきたのです。



地域文化の旅人(ひ・つ)
大阪・関西万国博覧会が発信しているメッセージを受け止める旅(4)
オーストラリア館が、この万博で、未来の地域・国づくりにどのようなメッセージを発信しようとしていたのか、パビリオンの出口外で開催されていたショーイベント見たことで分かったような気持ちになりました。そのショーとは、ハンナ・マクリンというオーストラリアの音楽アーティストの方のショーでした。その舞台の背後の壁にハンナ・マクリンという歌手がどのような人物なのかについて、次のような文章で紹介されていたのです。それは「ハンナ・マクリンは、オーストラリア出身の類稀有なヴォーカリストであり、多方面で活躍するアーティスト兼プロデューサー。彼女は10以上にわたり、独自の音楽、パフォーマンス、映像作品を生み出し、実に多くの才能ある人々との協業や学びを通して、その実力は高く評価されています。/彼女の最新作では、ギターブランドンと共に、『ドリーミング(アボリジニの天地創造の物語)』や、自然、再生、神、愛、宇宙といった壮大なテーマを深く掘り下げています。」という紹介文です。なるほど、オーストラリアは、オーストラリアの自然とそれと向き合ってきた人々の、とくに先住民であるアボリジニの人々の暮らしと文化から学び、それらの遺産を基礎に未来の国づくりをするというメッセージを発信しようとしているのだなと受け止めたのです。
今回の万博の旅の2日目の午前中は、大阪の街歩きと「大阪くらしの今昔館」訪問をしました。街歩きは、全長2.6㎞に及ぶ日本一長いアーケードの天神橋筋商店街で、「大阪くらしの今昔館」にも近い大阪の商店街散策でした。現在でもこれだけの人ごみのある、そして活気に充ちた商店街の空気を十分に満喫しました。早めのランチも、大阪まで来てのことだったのです、商店街のファミレスで簡単に済ませました。その後、「大阪くらしの今昔館」を訪問したのです。

頂いたパンフレットによれば、「大阪くらしの今昔館」は、「大阪の『住まい』を中心に『暮らし』から『まちづく』までをテーマにした歴史ミュージアムです。10階フロアで江戸時代の町並みを一望し、9階で実物大の江戸時代へタイムトラベル、そして8階でモダン大阪のジオラマワールドをお楽しみください。「と紹介されていました。そこで、まず9階フロアの江戸時代の大阪の住まいから見学することにしたのです。
この江戸の住まいのフロアは、「1830年代(天保年間)の大阪の町並みを実物大で再現し」ています。実物大というのが凄いです。それは、「『大阪町三丁目』。光と音で町と町家の1日を演出し」てもいたのです。「高い火の見櫓(やぐら)」がある入口から入ると、そこは、江戸時代の町家の世界です。入って、一回りして、気づいたことは、「大阪三丁目」の町並みは、大商家の一般庶民が住んでいる裏長屋の二重の生活空間で構成されていることでした。とくに、「祭りの日のしつらい」の時期の町家の再現であったため、その二重の町並み空間の対比がより際立っていたのではないかと感じました。
商家には、大きな七福神が乗った大きな船、金太郎のような大きな人形、木で造られた大獅子などの祭りのための飾り物が展示され、非常にきらびやかに飾られていました。一方、庶民の住居である住居の空間が、ひっそりと展示されていたのです。ここで展示されていた裏長屋は、四軒長屋となっており、炊事場や厠共同となっていました。それぞれの住居は、ただ、これは個人的な感想ですが、ただ寝るための空間のように感じられました。家財道具に関しても、全く最小限のもので、現在の家電や家財でものの置き場がない位ものに溢れた空間ではなく、本当に質素な住居となっていたのです。そのことについては、それは、当時の庶民の暮らしは、事情により、よく引っ越しが行われており、家財道具が少ない方がより便利だったとの説明がされていました。四軒の内、二軒はより小さな住居で、あとの二軒は、それより広めの住居でした。払える家賃に合わせて選ぶのだそうです。また、大阪の長屋は、具体的には忘れてしまったのですが、江戸の長屋とは違いがあることが紹介されていました。


その後、10階の展望フロアで、大阪の家並の風景を一望しつつ、光と音で演出されている「なにわ町家」の1日の景色変化を楽しみました。次に、8階に降り、明治以降の、「大阪の街の変遷をジオラマと映像」より学ぶことができました。「大阪のくらしの今昔館」でのひと時は、非常に興味深い時間でした。とくに、その地域の住居文化から地域の生活文化の歴史を辿ることで、その地域の地域文化をより深く知ることができるということを知ったことは、万博の各地域または各国の生活文化を知るための大切な視点でもあると強く感じることができました。
地域文化の旅人(ひ・つ)
大阪・関西万国博覧会が発信しているメッセージを受け止める旅(3)
コモンズDを出た後、訪れたのは、セネガル館でした。それは、行列が無くすぐに入館できたからです。その時は、セネガル館とはどのようなものなのか、全く知りませんでした。セネガル館のメッセージは、「持続可能で公平な開発のために人々を結ぶ交差点」というものでした。そうしたメッセージを発信した背景をぜひ知りたいと思い、展示されているものを見回ったのです。それは、セネガルという国の歴史や自然を紹介する展示となっていました。出口まで来たところで、休息のためのベンチがありそこで少し休むことにしたのです。
そこで、この旅でも強く記憶に残ったメッセージに出会ったのです。それは、休息している部屋の壁に、約10分間隔位で、繰り返し映し出されて映像の中でのメッセージでした。正確ではありませんが、そのメッセージとは、人類が決して忘れてはならない、人間による人間の人権に対する犯罪の記憶というものでした。
では、セネガルの世界遺産ともなっている人類が決して忘れてはならない人間による人権に対する犯罪の記憶とは、どのようなものなのでしょうか。そのメッセージを発信しているその映像とは、セネガルの世界遺産であるゴレ島に関する映像だったのです。ゴレ島は、「アフリカ大陸の西端、セネガル沖約3.5㎞に浮かぶ小さな島です」。ここには、この島が世界遺産となった中心施設である「奴隷の家」という施設があります。

インターネットの情報になりますが、「ゴレ島では、大西洋奴隷貿易の拠点として、アフリカから奴隷が輸送され歴史があります。15世紀から19世紀にかけて、何百万人ものアフリカ人がこの島に集められ、大西洋を渡りアメリカへ運ばれました。この悲しい歴史を伝える場所として」残されてきた施設こそ「奴隷の家」等の諸施設だったのです。セネガル館の出口の所で、繰り返し映し出されていた映像こそ、その「奴隷の家」の内部を含めた映像だったとのです。その映像には、何百人もの人が立ったままでないと収容できないほどの小さな部屋が映し出され、奴隷輸送船に詰め込みされるのを待っていたとのナレーションも流されていたのです。
なるほど、これからの未来の地域および国づくりのための遺産という要素には、人類が決して忘れてはならない記憶、すなわち人間による人権に対する犯罪という記憶というものもあるのだなと強く印象づけられました。セネガル館に感謝です。思えば、現在でもなお、人類が決して忘れてはいけない、人間による人権に対する犯罪の記憶が、残念ながら生み出され続けている現実があることも忘れ去られてはいけないと感じます。本当に残念なことです。
この日の万博訪問で、最後に訪れた所が、オーストラリア館でした。また、このオーストラリア館だけが、今回の訪問で唯一入館予約がとれたパビリオンでした。オーストラリア館で感じたことは、その展示がオーストラリアの自然風景に焦点を当てているのだなということでした。森、川、そして海の姿が映像と立体的な展示で紹介されていたのです。オーストラリア館の展示で印象に残ったのは、映像展示でした。それは、宇宙誕生から始まる過去を振り返る映像展示だったのです。宇宙誕生、地球誕生、そしてオーストラリアの誕生とその後現在に至るまでのオーストラリアの歴史的変貌を、海洋に焦点を当てて紹介していたのです。それは、今回の万博のメッセージとして過去を振り返ることから生まれるメッセージが多いという特徴がありましたが、オーストラリアの映像展示は、そうした中で、最も際立ったものだったのです。では、そうした宇宙史にまで及ぶ過去を振り返ることで、オーストラリアは、どのようなメッセージを発信しようとしていたのでしょうか。

地域文化の旅人(ひ・つ)
大阪・関西万国博覧会が発信しているメッセージを受け止める旅(3)
北マケドニアのブースに続いては、一つひとつのブースに留まるのではなく、天井から吊り下げられている垂れ幕を見て回ることにしました。それらにどのようなメッセージが刻まれているのかをざっと確かめてみようとしたのです。それを順に紹介すておくとすると、「生命の源」(スリランカ)、「ボトムアップから躍動するケニア」(ケニア)、「力強い経済成長のための包摂政策と社会的保護政策」(トーゴ)、「大衆の動員、複数の課題に対する内省的解決策」(ブルキナファン)、「自然保護や文化の懸け橋による持続可能な生活」(サントメ・プリンシペ)などなどの垂れ幕のメッセージが目にとまりました。
確かに、メッセージのキーワードに科学ということばが使われているブースもない訳ではありませんでした。しかし、少なくとも、今回訪れたコモンズCに関して言うと、垂れ幕のメッセージにおいて最も多く使用されていることばは、自然(自然物を含む)、社会的格差を無くしていくことで生まれる人々の協力・協働、そして遺産でした。例えば、キューバブースの垂れ幕メッセージは、「科学の発展の未来を夢見る」と、そのキーワードが科学でした。しかし、そのほかの垂れ幕メッセージは、自然、社会的格差を無くすことで生まれる人々の協力・協働、そして遺産というキーワードとなっていたのです。

それらの例を示しておくとすると、「海の豊かさを守っていく/陸の豊かさも守っていく/創造的なイノベーション/パートナーシップ」(アンティグア・バーブーダ)、「創造的イノベーションへの投資/“男女平等”」(リベリア)、「気候変動の脅威さらされているジョリパ川を救え」(マリ)、「豊かな遺産と未来のイノベーションの地」(スーダン)、「ラオスの持続可能な発展に向けたグリーン成長経済」(ラオス)、そして、「ベリーズのパーパスはひとつの生涯にわたるエコシステム」(ベリーズ)等です。

これらの垂れ幕によるそれぞれの地域や国のメッセージから、さらに、どのようなことを学んで行けばよいのでしょうか。そんな考えがふと浮かんできたのです。その時、以下のような思いが生まれて来ました。それは様々な地域および国によって未来に向けての国づくりの理念に多様性が見られることをどのように考えて行けばよいのかという問いでした。少なくとも、それらの違いを、単に文化の多様性ということばで片付けてはいけないのではないかと感じたのです。
地球上のそれぞれの地域または国々は、どの時代にあっても、それらの地域または国々を取り巻く、地理的、(気候風土を含む)自然環境的、経済的、そして政治的関係性と状況が大きく異なっています。また、それらの諸関係とどのような産業的、(信仰などの精神的なものをも含む)生活的、そして政治的文化を育んで来たか、またそれらの遺産は何かということも重要な、それらもそれぞれの地域や国々では大きく異なっている要素ではないかと思います。さらにまた、だからこそ、現在の地球的規模の、異常な自然環境の危機、戦争による平和の危機、そして経済格差と貧困の危機の、それぞれの地域や国々への影響および課題、そしてそれらへの対処の形も大きく異なって現れて来ているものと考えられるのです。これまで見て回ってきた、各国のパビリオンやブースにおいて発信されていた自地域や自国の未来へ向けた地域や国づくりの理念に関するメッセージが、まさしく多様であったのは、そのことが反映していると感じたのです。だとすると、これからは、それら多様なメッセージの中で、どのようなメッセージが、地球上のより多くの地域や国の未来づくりにとってより普遍的なものか、そのことに注意してパビリオンやブースを回らなければならなにのではという思いが湧き上がってきました。
地域文化の旅人(ひ・つ)
大阪・関西万国博覧会が発信しているメッセージを受け止める旅(2)
今回の旅の1日目、幸運にも偶然入館することができたフランス館のあとは、会場が閉まる時間までに入館予約が取れたのは、オーストラリア館だけでした。しかも、その予約時間までは、まだ大分時間がありました。そこで、少し休憩した後、比較的入館しやすいと思われたコモンズ館を訪れてみることにしたのです。思っていた通り、その最初に訪れたコモンズAにすぐに入館することができました。
入館してすぐに気づいたことがあります。それは、コモンズでは、そこに展示ブースを出している各国・地域ごとに、それずれの国または地域づくりの理念が天井からの垂れ幕に掲げられていることでした。まずそれらの垂れ幕から興味を持った理念を掲げているブースに行ってみることにしたのです。その記念すべき最初のブースは、ソロモンのブースでした。

ソロモンが掲げていた言葉は、「幸福の島」です。海と共に暮らしているソロモン諸島の生活の様子や民族衣装などの展示を楽しみました。その次に目に飛び込んできたのは、マザーテレサの大きな写真パネルでした。それは、北マケドニアのブースでした。驚いたことに、この北マケドニアでは、その国づくりのシンボルとして、マザーテレサを前面に打ち出していたのです。戦争の英雄などを国づくりのシンボルにする国なども少なくない中で、マザーテレサを国づくりのシンボルにする北マケドニアとはどのような国なのか、一気に興味が湧いてきました。
その気持ちを察してくれたのか、ブースにいたスタッフの方が北マケドニアのパンフレットとブースに出品していた北マケドニアの製品および産業政策に関するチラシ・パンフレットを手渡してくれたのです。さらに、映像資料を使いながら、万博でアピールしたいところを要約的に解説してくれたのです。今回の旅で、こんなにもスタッフの方と交流できたのは、ただここ北マケドニアのブースだけでした。その交流の中で、感動し、旅からずいぶん経った今でも強い印象として残っていることは、北マケドニアの国づくりの基礎には、マザーテレサの「地球的人道主義」の使命、価値、そして遺産に関する精神が根づいているということをメッセージとして発信しようとしていたことです。とくに、以下の二つの精神を強調していました。

そして、それは、マザーテレサ自身の使命であり、彼女が彼女の人生において示してくれた価値であり、彼女の遺産でもあるのですが、一つ目は、貧しい人の中でも最も貧しい人たちを、排除も無関心に放置することなく、奉仕するということばでした。二つ目は、私たち全てが大きなことを成し遂げることはできませんが、小さなことを大いなる愛情を持って成し遂げることはできるのですということばです。そう言えば、北マケドニアは、多民族・多文化の国なのだそうです。しかし、北マケドニアでは、それを強みに変え、お互いに共存する道を切り開いてきたのだと言います。すなわち、「調和」こそ、北マケドニアの歴史的遺産なのです。そして、その遺産を如何にして現代に生かそうとしているのかを発信すること、それが、北マケドニアブースのやろうとしていることだったのです。
この北マケドニアのブースに出会ったことで、現在世界が直面している危機を解決するためのメッセージを受け取るという視点で見れば、必ずしも人気のパビリオンにこだわらなくても学ぶことができるメッセージに出会えるということを確信することができました。しかも、もしかしたら先進国ではない国・地域の国・地域づくりの理念からも多くのことが学べるのではないかということにも確信が持てたのです。北マケドニアのブースへの出会いに感謝です。
地域文化の旅人(ひ・つ)
大阪・関西万国博覧会が発信しているメッセージを受け止める旅(1)
大阪・関西万博の第二弾の旅は、7月6日から8日までの2泊3日の日程で実施することになりました。その旅では、(ひ)と(つ)の二人の旅仲間でのものでした。実際に行く前に、今回の旅の作戦を次のように話し合いました。まず、7月に入り、非常に暑い日が続くことを予想して、今回の万博では比較的気温が低くなるであろう4時に入場することにしました。チケットも4時からの、少し安くなるチケットを予約することにしたのです。第二に、食事は基本的に万博会場外で済ませることにしました。朝食は宿泊するホテルのモーニングでとることができます。昼食と夕食は、大阪の街歩きの中でとることにしたのです。午前中は大阪の街歩きをして、昼食後一度ホテルに戻り、十分休息をとって、午後4時からの万博入場に合わせて会場に向かうことにしたのです。
さらに、会場の回り方として、可能な限り各パビリオンの入場予約をとるようにする、予約なしの行列が少ないパビリオンを優先して入る、かなりの行列がある場合は、行ってみたいと考えてきたパビリオンでも諦めることにしたのです。ただ、実際に行ってみると、午後4時からの入場者が思っていた以上に多く、その30分前には入場入口に到着したのですが、その時点ですでに午後4時からの入場を待つ人たちが長い行列をつくっていました。万博おそるべしと感じた次第です。
では、今回の仲間二人による大阪・関西万博の旅で、訪れることができたパビリオンで、現在世界が直面している危機を解決するためのメッセージとして、どのようなメッセージを受け取ることができたのか、旅程順に辿ってみることにしたいと思います。ただ、実際に旅したときからかなりの時間が過ぎてしまった今、少なからず正確性を欠き、単なる印象記というものにしかならないかと思いますが、それも一つの旅の思い出と学びということで記していくことにしたいと思います。
旅の初日は、朝早く仙台空港を出発し、伊丹空港経由で万博に行く旅程となっていました。ホテルにチェックイン後、少し休息を取り、会場に向かったのです。会場では、入場するまでに少し時間がかかったものの、入場後フランスのパビリオンの行列が思っていたより短く、約15分前後で入館することが分かり、記念すべき最初のパビリオン入館をフランス館にすることにしたのです。大分ラッキーだったように思います。
入館してすぐ、フランス館は、まるでルイヴィトンの展示会ではないかと思う程、ルイヴィトンの製品の展示で溢れていました。それはまるで、フランス館建設のスポンサーがルイヴィトンであるかのように感じるものでした。今回の旅の目的であった現在世界が直面している危機を解決するためのメッセージを受け止めるという点では、フランスは、そのことに関してどのようなメッセージを発信しようとしているのか理解することはできませんでした。
さらに進んで行くと、次は、フランスワインや彫刻などの芸術作品に関する展示が続いていました。ワイン製造の原料となる葡萄生産展示では、次のような文章が掲げられていました。「アルザスの土壌深くに入り込むことは、その土地のブドウ畑の心を感じることである」とです。自然の心を感じ取りながらの産業、そこにフランスの文化を感じることができました。また、左右の手首の彫刻の展示の表題は、「分かち合う手」でした。それは、これからの国づくりの目指すべき方向性を示唆しているテーマであると受け取りたいと思いました。フランス館では、産業の面でも、生活文化の面でも、芸術性や創造性を、これまでも大切にして来たし、未来の国づくりでも大事にして行きたいという思いが発信されているのだな、受け止めました。


地域文化の旅人(ひ・つ)